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39年間健康体だった私が耳下腺癌と向き合うことに!がん発見の過程、治療、心と体の変化を綴ります。全がんの約0.2%しかない希少癌。情報が少ない!5年生存率45%のステージⅣだけど長寿の記録を作ってやる!

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niyon(によん)

Author:niyon(によん)
関西在住アラフォー女です。
2014年突発性難聴を発症しブラック企業を退社。専業主婦を経て働こう!と資格を取った矢先に耳下腺がんが発覚。新型コロナ流行さなかの闘病は孤独でした。
手術後、夫のすすめで愛犬ソフィア(愛称ソフィにゃん)を飼い始めました。
もう10年以上続けているポイ活も継続中。

【耳下腺癌治療ヒストリー】はこちら

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耳下腺腫瘍手術の翌々日(3日目)

昨日は麻酔が切れてからも手足がずーんと重い。
腕を上げるのも一苦労。全身の関節が固まった感じでした。
が、今日はかなり動けるようになりました。

と言っても、できるのは病室とトイレの往復のみですが。
それも、首からドレーンぶら下げて。

ドレーンは、手術後の患部にたまった血を排出するための管+容器です。
管を通って出る血液は、透明プラスチックの四角い容器に溜まるようになっていて、その容器を入れた袋を肩にぶら下げています。
まるで水筒をぶら下げているみたい。小学校の遠足を思い出します(笑)。
ポシェットのように斜め掛けにして歩いていました。
でも、じゃま。

容器を見ると、自分の血がたまっていくのが見えます。
常に横にあるので、常に独特の「血の臭い」がします。
複雑。。。
コアグラ(血の塊)が出ていないので、経過は良好だと看護師さんに教えてもらいました。

声はまだかすれています。

5月の気候の良い季節だったのに、発熱のせいか夜中に大量の汗をかきました。
それが冷えて今度は寒くなり、布団にくるまって震える。
夜中、これを繰り返していました。
布団をはいだり、かぶったり(笑)。
さらにベッドは上半身を起こした状態で(手術した頭の部分に血がとどまらないようにね)、熟睡などできるわけがなく、、、何度も夜中に目が覚めて。熟睡できないということがほんとに辛かったです。

お腹は減るのですが、食事量は減った感あり。
口があまり開かないので食べにくい、少量ずつしか食べれないので時間がかかりお腹がいっぱいになっていく、というのが理由です。

もうこの状態でごちそうさま。



お粥以外はそんなに量があるわけではないのに、おかずすら完食できません。
でも昼と夜の食事の間にやっぱりお腹がすいてくるので、、、
差し入れてもらったゼリーとかカットフルーツをいただいてました(笑)。
良かった、胃は健康みたい。

毎晩、寝る前に、指にこんな物が取り付けられます。 



酸素飽和度を測る装置。
分厚いスマホくらいの機械がこのコードの先についていて(持ち運びOK)、数値は一定間隔でスタッフステーションに電波送信されてます。(ハイテク!)
寝ている間に万が一酸素が低下したら、看護師さんが駆けつけてくれるというわけ。

Niyonは一度も息苦しくなったり酸素が低下したりせずでした。
夜中や早朝にトイレに行く時は、スマホより少し重いこの機械をいちいち持参。(もちろん、+ドレーンもある)
引っこ抜いてトイレ行っていいよ、と若い看護師さんには言われたけど、エラー音がスタッフステーションで鳴り響いて部屋に駆け付けられても恥ずかしいなぁと思い...←小心者。

でもこれ持参してトイレ行くのはとても邪魔なので
後日「今晩は無しでもいいですか?」って何回か聞いたのですが、「いや、一応今晩もつけておきましょう」と退院直前までほぼ毎晩付けさせられました。
まあ、念には念を、というのはわかるのだけど。。。
邪魔だったなぁ(笑)。

困ったのは左目。
左目は、つぶることも、もちろん瞬きもできず、ずっと見開いたまま。
まぶたが動きません。。。
目が乾燥して涙がどんどんあふれ出てきて、テレビも見れないし、本も読めませんでした。
LINEのメッセージをやり取りする短時間ですら、スマホ見るのがつらい!
涙でにじんで全然見えない。

主治医曰く、だんだん涙は出なくなって、乾燥するだけになり、
このままでは角膜が傷ついて最悪失明しかねない、ということで目薬を処方してもらいました。
ティアバランスという、ドライアイなんかに処方される目薬です。
元々ドライアイ気味だったので、これ処方箋なしで買えたらいいのになぁと思います。

手術直後の顔の変化を、次はまとめて書こうと思います。


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